脂肪組織由来幹細胞

脂肪組織由来幹細胞

脂肪組織由来幹細胞(Adipose-derived Stem Cell ; ASC)は、脂肪組織の中にごく少量含まれる幹細胞の一種です。正式名称は「脂肪組織由来幹細胞」ですが、一般的には「脂肪幹細胞」と呼ばれることもあります。
脂肪組織から特殊な方法で採取しますが、通常の脂肪細胞(成熟脂肪細胞)とはまったく別の細胞です。脂肪細胞はエネルギーの貯蔵庫として細胞の中に脂肪滴(中性脂肪の溜まり)を含んだ大きな細胞ですが、脂肪組織由来幹細胞には中性脂肪の溜まりは含まれず、比較的小さな細胞です。

幹細胞の特徴

幹細胞は、非常に特徴的な2つの性質を持っています。

自己複製能・・・通常、細胞は寿命をむかえると細胞死をおこして消滅します。しかし、幹細胞は、常に自分自身を複製して、コピーを残しながら、一部は他のさまざまな細胞に変化していきます。まったく同じ能力を持った細胞に分裂してコピーを残すことにより、幹細胞は消滅することなく、存在し続けるのです。

多分化能・・・幹細胞は、さまざまな種類の細胞に変化することができます。この変化を、「分化」と呼びます。体には皮膚、神経、腸菅、血管、骨、筋肉などさまざまな細胞がありますが、これらのさまざまな細胞は、幹細胞が徐々に分化していった最終的な形態なのです。

幹細胞の種類

現在研究されている幹細胞は、主に次の3種類があります。

体性幹細胞・・・生体の中で、他の通常の細胞にまじって存在する幹細胞。脂肪組織由来幹細胞や、骨髄由来幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、毛包幹細胞、乳腺幹細胞など、さまざまな種類の体性幹細胞があります。このうち、脂肪組織由来幹細胞と骨髄由来幹細胞は類似した性質を持ち、「間葉系幹細胞」と呼ばれます。

胚性幹細胞・・・ES細胞とも呼ばれます。受精卵から少し進んだ発生初期段階の胚(胚盤胞)から細胞を取り出し、特殊な方法で培養して作成された幹細胞です。あらゆる組織になることができる性質(分化多能性)にすぐれていますが、受精卵を材料とするため、生命倫理の議論があります。

人工多能性幹細胞・・・iPS細胞とも呼ばれます。体の細胞に数種類の遺伝子を導入する遺伝子操作をおこなって作成する幹細胞です。あらゆる組織になることができる性質(分化多能性)にすぐれていますが、細胞が癌化するリスクが比較的高いことと、細胞の作成に莫大な費用を要することが問題点です。

体性幹細胞は、ES細胞やiPS細胞と比較すると、あらゆる組織になることはなれず、分化多能性はやや下がります。しかし、倫理的な問題が少ないこと、癌化のリスクが低いこと、治療に要する費用が比較的少なくですむことなどが大きな利点と言えます。

脂肪組織由来幹細胞の性質

脂肪組織由来幹細胞は、体性幹細胞の一種であり、前述の「自己複製能」と「多分化能」を持っています。あらゆる細胞になることはできませんが、脂肪だけではなく、骨、軟骨、神経、筋肉、心筋、血管、肝細胞、膵島細胞など、多様な細胞に分化することが明らかになっています。

脂肪組織由来幹細胞の持つ多分化能

これに加えて、2つの大きな特色があり、再生医療に有用な細胞として、非常に注目されています。

免疫調節や炎症抑制などの機能

脂肪組織由来幹細胞と、骨髄由来幹細胞を代表とする「間葉系幹細胞」には、異常をきたした免疫を調節して正常化したり、暴走した炎症をコントロールする機能があることが知られています。この性質を利用して、免疫や炎症の異常が原因と考えられるさまざまな病気の治療への応用が期待されています。

採取が容易である

脂肪組織は、脂肪吸引などの手技を用いて、体への負担を少なく、他の細胞に比べてたくさんの量の細胞を採取することができます。類似した性質を持つ骨髄由来幹細胞は、骨の中の骨髄という部分にあるため、簡単に採取することができません。脂肪組織は、体の表面にあり、幹細胞を豊富に含む宝の山とも言えます。

脂肪組織由来幹細胞を用いた再生医療の例

脂肪組織由来幹細胞の高い潜在能力に世界中の研究者が注目し、さまざまな治療への応用が研究されています。
例として、以下のようなものが挙げられます。

  • 心筋梗塞
  • 心筋疾患
  • 脳梗塞
  • 脊髄損傷
  • 神経変性疾患
  • 肝硬変
  • クローン病
  • 変形性関節症
  • 軟骨疾患
  • 難治性骨折
  • 難治性創傷
  • 下肢虚血
  • 尿失禁
  • GVHD
  • 関節リウマチ
  • 臓器移植時の生着性向上
  • 乳がん術後の乳房欠損
  • 漏斗胸

その他にも、現在の治療法ではじゅうぶんな治癒に至らないさまざまな難病への応用が研究中です。

顔面陥凹性病変の治療

2016年3月5日日本経済新聞 琉球大学医学部では、2016年3月に、国内で初めての「顔面陥凹性病変に対する培養脂肪組織由来幹細胞移植」治療に成功しました。その後も、同様の治療実績を積み重ねてきています。
また、体外で培養により増殖させた幹細胞の移植は画期的であり、国内外から多くの注目を集めています。

琉球大学医学部、そしてGrancellは、この治療を実現する際に蓄積したさまざまな技術、熟練、実施体制などを礎にしています。 倫理的議論を尽くして、研究・治療の準備をおこないました。安全に脂肪組織を採取し、最高水準の細胞加工施設(CPC)で幹細胞を抽出し、完全無菌状態で高効率な培養をおこなう体制を確立しました。細胞の品質を検査し、高い品質を維持する技術を蓄積しました。そして、最終的に患者さんの体に移植しても安全で、高い治療効果を得られる高品質な細胞加工を可能としています。

「治療」という、もっとも高い安全性、有効性が求められる領域で実績を重ねたことが、それを可能としたさまざまな技術の裏付けでもあります。

顔面陥凹性病変の治療のイメージ図